デパス時々メンソール

わたしの棺桶に誰を入れるかを考える日々

ニンゲンはまず傾聴せよ、人間は知覚せよ

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我々と彼らは誰もが自分を中心に叫んでいる(いた)、けものである。

 

け‐だ‐もの【▽獣】

《毛の物の意》
1 全身に毛が生え、4足で歩く哺乳動物。けもの。
2 人間としての情味のない人をののしり卑しんでいう語。
け‐もの【獣】

《毛物の意》獣類。けだもの。

 

 

 

こんばんは、デパスをタイトルに置いておきながらソラナックスに浮気しています。ゆあたりです。(ソラナックス時々メンソールならびにおちんぽ

 

さて、僕が怒っていることを順番に綴っていこうと思います。

 

 

 

怒っていること【括り】

 

ゲイとしてという意味を込めますが、あくまで僕個人の言葉として受け取ってください。

 

とある人には直接申し出ましたことですが、ストレートの男女というものはいつの世も恒常的にマジョリティです。なぜなら子孫を残せることが、物理的に社会的に可能だから。(「将来的にDNA操作で男同士や女同士でも〜」なんて反論は論外です)

 

それは、「当たり前」という言葉で括られます。

 

我々セクシャルマイノリティは、殆どが「当たり前」に同性などが恋愛や性的対象です。「仕方なし」に性的対象なんてことは、矛盾しています。

 

 

「男女が互いに異性を好きになるように、我々もまた同性等を好きになる」

 

 

自らの性を呪った経験というものは、まさに自己否定そのものです。「女だったら、男だったら」とあらゆる場面で本人が自分に対して呪うのです。

 

それに対し、ストレートということは幸せです。セクシャルマイノリティが幸せではないとは言いません。しかし、そもそものスタート位置が違うのです。ここ、大事なところ。

 

 

 

"男が男であること"をストレートは疑問に思う機会、何回あるでしょうか?

"女が女であること"をストレートは疑問に思う機会、何回あるでしょうか?

 

セクシャルマイノリティは何回もあるのです。それは自覚したとき、失恋したとき、友達だと思っていた人に拒絶されたり遠ざけられたりしたとき、社会や組織で後ろ指をさされたりしたとき。様々な場面において自分の性に対して疑問を持ち、また呪います。そして、傷を舐め会える場を見つけます。ここは具体的に書くとゲイがゲイ差別をしている文になりそうなので割愛します。

 

人間というものは見えない・解らないものは恐怖の対象で、解ろうとする反面、どうしても解らないものは遠ざけようとします。

 

 

再三、幾度も幾度もツイッターでも言っていますが「括り」は時に猛毒なのです。

 

男だから、女だから、ホモだから、レズだから、元男の女だから、元女の男だから、ほかにもたくさんの形を容している方がいますが、それ以前に「ヒト」ではないのでしょうか。

 

人間関係において、僕のような若輩者が綴るのは勉強不足並びに努力不足などと罵られますが、老いたものから死にます。残るのは常に若いものです。お先にどうぞ、と先を譲り、残ったものに託します。それは手紙や文章であったり、絵や音楽、匂いであったり、財産であったり、ノウハウもあります。中にはあえて託さない選択肢もあります。託せないこともあります。

 

 

括りとは分けられた部屋であったりする反面、他者との壁です。

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詳しく書くと政治や宗教、思想の話に突入して燃え尽きるので、今回は割愛します。

 

 

続けます。

 

 

 人間とニンゲンの違い

 

さて、「あーこれ持ってくる?つまんね」って思った方、いい加減目覚めなさい

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結論から申し上げます。「ニンゲン」は人間とは異なります。獣です。愛玩動物は喋りますか?喋りません。獣は喋りますか?喋りません。「彼ら」は音を発しているだけです。言葉ではありません。

 

人の感情を読み取ることは難しいですが、読み取ろうとする姿勢に「己の言葉」で答えることができます。それが人間。

 

自分の本能に身を任せ、思想はおろか、行動に移し何ら罪悪感を持たないもの、それが「ニンゲン」です。同じ身なりや言葉遣いでも決定的に違うのは思いやりです。たとえそれが厳しい、荒い、蔑んだ言葉であったとしても愛情があれば「ニンゲン」は「人間」になれます。愛情のない、ただ最初に自由という名のマクロ化された行動を取る、まさに本能だけで生きてるようなものは、人間ではありません。獣が言葉という音を持っているだけです。その基準は自分にしか設けられません。しかし時に自分勝手な愛情は押し付けがましいと、ただのありがた迷惑です。そして時に人が失敗しているのに対して手を差し伸べすぎるのも、その人のためになりません。失敗の経験を最初にしないから、僕のように学校や恋愛や仕事で失敗して死のうとする安直でワガママなニンゲンに成り下がるのです。

 

最初の「獣」についての引用文章にもかいてあります。

 

人間としての情味のない人をののしり卑しんでいう語

 

それが獣です。僕は括るな括るなbotになりそうですが、ここは括るべき局面です。獣と人間を取り分けなければなりません。相手がいかに饒舌に語っていようが、いかに語彙力の高い言葉を選択していようが、情味のないものというのは完全悪です。

 

 

 

スポーツのファック・コミュニケーションのメイクラブ

 

これまたディープな話を突っ込んできました。ここで「実は」を言いますが、僕童貞です。女性経験一切ありません。女性としたいと思ったことも一度もありません。男性しか相手にしていません。男性経験は過去記事をご参照願います。

 

ごくごく普通の夫婦の営みをされている(あるいはされていない)方、

童貞の方にも、処女の方にも、アナル処女の方にも読んでいただきたいです。

と、同時にヤリチンならびにヤリマンの皆々様、肉便器のお前らにも読んでいただきたいです。

 

 

ファックとメイクラブは違います。時にメイクラブの中にプレイとして、ファック要素を入れることはありますが、ファックの中にプレイとしてメイクラブは入れられません。なぜならそれは偽物だから。(正しい使い方は〜なんてツッコミやめてください)

 

これもまた【括り】の話の流れです。

 

他のセクシャルマイノリティは詳しく存じ上げませんが、ゲイならびに男性バイにいたってはポジションがありますね。男サイド、女サイドといえばノンケはわかっていただけますでしょうか。腐女子は言わずもがなですね。(実際には男サイドも女サイドもないパターンもありますが…)

 

さてここで意識してもらいたいのですが、ゲイの中にもマイノリティがあります。

 

どれがマイノリティかを明言するのは避けます。一般的にモテる要素はストレートと少し違います。その要素をゲイでたとえるなら「雄らしい」人です。男前という意味ですね。

と、同時に「雄らしい」人に対してかっこいいではなく、かわいいと思うものが大多数ではないでしょうか。これは趣味趣向なので括りではありません。自由です。中にはデブじゃないと無理なんて意味不明な趣向がある世界です。ストレートの中でももちろん性癖として特殊な方はいますよね。

 

 

時にやり場のない感情を持つと人は、癒やしを求めます。その形は様々ですが、人によっては「まぐわい」によってその高ぶりを収めます。風俗や、性サービスを利用する人、または特定・不特定の人とセックスをする。もちろんしない人は全くしません。他の癒やしを求めているのです。それは買い物や、食べることでも人に迷惑をかけなければなんでもいいのです。

 

 

この話は最近いたる場面でするので記事にしますが、ゲイにとっての永遠のテーマです。

 

 

ゲイを人間扱いしてください。(笑)

 

先述した獣のような行為をする人います。でもそれは、ストレートにいます。数でいえばストレートのほうが多いです。なぜならマジョリティだから。

 

「この人はこういう人」という考え方をできないでしょうか?

 

中にはゲイ差別をするなと言いながら、乱交パーティに行ったり主催したり、差別を嫌いながら公共の場でストリップをするような輩もいます。矛盾していますが、ゲイカルチャーとして押し通そうとします。(別記事で綴ります)

 

TVやメディアでゲイを知って、ゲイが皆女性になろうという願望が強いだとか、皆GOGO BOYやドラァグクイーンのような容姿だとか、皆ゲイバーのようなオカマ口調が当たり前だというのは間違いです。彼らは趣味であったり仕事でそういうことをするだけで、ほとんどのゲイは店子(ゲイバーの従業員)でもなければストリッパーでもありません。そして全員がオネェ言葉でもなければ「ノンケだって食っちまうんだぜ」なんて思いませんし言いません。ゲイの僕は見たことはない「真夏の夜の淫夢」等で、AVのタイトル名をTPOを気にせず連呼する連中のほうを差別します。

 

そして、実際に両者同意でない場合のノンケ食いも軽蔑します。そこはフィクションとして楽しんでください。対して我々が基本的に生活としてそのセクシャリティで生きていることを見世物として見ないでください。中には本当に結婚したい人もいる。親に孫を見せたい人もいる。そこを考えてほしい。(これはストレートというよりゲイへの警告)

 

僕もまた日常的に化粧をするようになりましたが、なぜ女性に生まれなかったのかを呪いつつ、女性になりたいわけではりません。ですが、女性扱いを受けると嫌な気持ちはしません。ゲイの中でのマイノリティとは僕のことです。

 

12歳で初体験をし、その後「色んな」経験をしました。

 

 

セックスをするのが恋愛だと思っていました。

と、同時にセックスは誰でもできると思っていました。

 

つまり誰でも自由に付き合えると思っていました。現実は「あなた」もご存知のように違いますよね。僕がしていたセックスなんてものは、ただの行為だけで、快感も肉の摩擦と形容したほうがわかりやすいほど単調でした。内容は単調ではないですが。

 

ファックは、スポーツと思ってもらいたいです。ただ快楽のためにする行為。

メイクラブは、相手とのコミュニケーション。互いに愛情をぶつけるわけですね。

 

 

 

 

行為の詳細はさておき、セックスをするしないはあらゆるセクシャリティにおいて当てはまることです。(愛撫やバニラセックスも含む)

 

その上で「男の割に」や「女の割に」という括りを入れてないでしょうか?性別の前に、ヒトとして接してみてはどうでしょうか。

 

 

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乞うご期待