THERMAL CRISIS

わたしの棺桶に誰を入れるかを考える日々

初期のムックにかける思い

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ムック

1997年の結成当初は「密室ノイローゼ」に所属しており、所謂「密室系」と呼ばれるジャンルに属していた。2002年にはデンジャークルー・レコード内に立ち上げた自主レーベル「朱」に移籍。 2003年にユニバーサルミュージックに移籍しメジャーデビュー。 音楽性としては、昭和の歌謡曲メロディに、メタルの重厚さと激しさを取り入れ、社会風刺や負の感情をテーマとした赤裸々で陰鬱な歌詞を載せたものが多かったが、アルバム『鵬翼』からはポップな曲やバラードも増え、シングル「ファズ」以降はエレクトロニカを取り入れるなど、非常に多彩な音楽性を展開している。 近年はアルバムごとに民族音楽やダンスミュージックなど、音楽性の主軸を変化させることが多い。 作詞は基本的に逹瑯、ミヤの二人が担当しているが、シングル「ホリゾント」のc/w「心色(ココイロ)」でYUKKEが、アルバム『極彩』収録の「キンセンカ」ではSATOちが初の作詞を担当した。作曲はミヤを中心にメンバー全員が行っており、メンバー内での共作も見られる。また2010年にリリースされたアルバム「カルマ」より、逹瑯による作曲が多くなっている。 楽曲のプロデュースは、岡野ハジメやL'Arc〜en〜Cielのken等、外部からプロデューサーを迎えていたが、近年はセルフプロデュースの割合が増えている。 様々なジャンルのアーティストとの共演や海外アーティストの来日公演のオープニング・アクトを務めており、中でもGuns N' Rosesは2007年に続き2009年にも務めた。 2005年以降は世界のメタル系フェスティバルへの出演、単独ツアーなども行っている。2010年のROCKS TOKYOへの出演をきっかけに国内のロックフェスティバルへの出演も増えている。また、インディーズ時代から対バン形式のイベント「えん」を2010年9月現在までに6度主催している。 2010年9月現在、世界各国ではヨーロッパ(イギリス・スイス・スウェーデン・スペイン・デンマーク・ドイツ・フィンランド・フランス)・アメリカ・中国・ロシア・南米(チリ・メキシコ)の計13か国で単独公演を行っている。 6月9日は「ムックの日」とされており、ほぼ毎年何らかのイベントを行っている。 ファンのことは夢烏(ムッカー)と呼ばれる。

ムック (バンド) - Wikipedia

 

 

 

ムックとの出会い

兄の影響でDir en grey、Janne Da Arc、ガゼットなどいわゆるヴィジュアル系ロックバンド(旧お化粧系)にハマる過程で、 借りたCDの中にムックのアルバム「葬ラ謳」があったんですね。

 

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葬ラ謳(通常)

 

このCDの頃のムックの曲調は非常に暗く、世の不平不満と不安、まさに「鬱」や「闇」あるいは「病み」を曲、そして見た目で体現していました。

 

「絶望」や「ママ」など、今でも聴くことがあります。

 

ムックの特徴として、聴いているだけで病んでくる。他のヴィジュアル系もこの世代は陰鬱なものが多い印象があります。

 

病む時にこそ効く

(今もそうだが)学生時代、真剣に生きることに疲れていて 、「このまま変われない」等ネガティブ思考に陥っており、それが情けなくも特別感を感じており、世間ではオレンジレンジやらミスチルやらEXILEやら明るいノリノリな曲が流行っていても、それがまったく感情移入できない時がありました。

そんな時、究極に陰鬱でハードなこのムックの曲を聴けば、うまく調和を取れていたのではないかと今思えばそう感じます。無性に攻撃的で、悲観的で、無駄に自意識過剰だったからこそ、ヘヴィなもので誰かを傷つけたり自分を傷つけたりすることもなかった。あとはただただ耳を塞ぎたかった。その空いたところにムックは居た。

 

歌謡曲とのつながり

メロディーが歌謡テイストのものがあり、それをヘヴィなサウンドでかますのがムック。そして歌謡曲をカバーしていたムックの曲をきいて歌謡曲をきくようになる、いわゆる逆輸入が僕の中に始まった。

 

とりわけ、安全地帯の「ワインレッドの心」はムックを知らなければ知ることはなかった。

 

「昔の曲っていいんだな」ってなった。だから演歌スナックに勤めていたいたときも、耳が肥える要因の一つと成り得た。今でこそ雑食だが、僕があらゆるジャンルの音楽を聴くようになったのも、ムックがきっかけといっても過言ではない。

 

僕ら若い世代は古い曲を知る機会は、テレビやラジオなんかのメディアの流行り廃りの中で紹介してもらえる機会がなければ一生知ることはできない。だから、一つの音楽アーティストやジャンルに拘ってそれが全てだと思ってしまう人を貶すわけではないが「もったいない」となってしまう。食わず嫌いは、知る機会を殺している。でもそれを押し付けるのもモラル的にもよくない。だから興味がわいたときに改めて「もっと早く知りたかった」と思えるようなサウンドに出会うと、どうでもいいことが本当にどうでもよくなってくれる。

 

ヘヴィなサウンドだけがいいんじゃない。ポップスだけがいいんじゃない。エレクトロだけがいいんじゃない。エモーショナルな歌詞だけがいいんじゃない。

 

色んな音楽に耳を貸して、耳を肥えさせ、巡り巡って自分にフィットしたものが自分のウォークマンやiPodに入れて自分の世界に溶け込めれば幸せだと感じるし、それを共感出来る人がいたらなお喜びが増す。流行り廃りや趣味趣向ってそういうものなんじゃないかな。音楽に限った話ではないけど。

 

別にポジティブなサウンドを非難しているわけでもない。これは好みがどうとかいう話じゃない。悲しい時に楽しい曲はより悲しさを増すという個人的な見解をいっているだけだ。だから、ムックを始めとする陰鬱でヘヴィなサウンドは暴力的にきこえるが、ストレス発散を代理で行ってくれているものという形に近い。それ故に、聴く機会が減ることはいいのかもしれない。人生にスパイスを求めているなら、おいしいスパイスであるべきで、ずっとまずくて苦いものを味わう必要などない。

 

ムックは僕に新しいサウンドをくれるし、それが新しいと思うのは僕で、実は昔からある歌謡メロディーだったりすると、その世代の人たちと話が運ぶのだ。そして陰鬱陰鬱とかいておきながらムックにはすばらしいポップス寄りの良いサウンドも多彩にある。千変万化ともよべるこのスタイルはまさに極彩色。

 

ずっとファンでいさせてもらえる曲をきかせてくれることに感謝したい。誰にでも感謝する感謝人間は嫌いだけど(笑)